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2020.04.12

備忘病気録

4月9日の書き込みで「そこで即入院措置と相成った」と書いたが、その続きが3月25日の書き込みである。

その頃の自宅療養中の私はひどい有様だった。正月三が日だけ発熱がなかったのだが、他の日は毎日、日によっては数度38度の発熱と解熱を繰り返していた。2日には映画館にSWの最終作を観に行っているので、その頃の私の危機感のなさ、病状への軽視が見て取れる。実際とても体調が悪かったのに、そんなに深刻な状態だと自覚してなかったのだ。無論全くしていなかったわけではないが、実際は思っていた以上に悪い病気だった。さすがに1月8日の診察後次の予約が1月後半になってしまった時は不安を感じた。

発熱の予兆が分かるようになっていたので、そうなったらアイスノンと氷嚢を用意した。アイスノンは一つ買い足して2つ使用するようになった。全身の痛みも続いていたので、飲み物を飲むために体を起こすのも難儀だった。4月3日の書き込みにも書いたがストローが付いているペットボトルキャップは本当にありがたかった。この商品の存在を思い出すまではマグボトルで飲んでいた。マグボトルは片手で開けられてそのまま口をつけて飲めるタイプのものだったので、コップに移し替えるタイプのものよりは飲みやすかったのだが。

発熱してもしばらくすれば解熱するのだが、発熱と解熱の繰り返しが体力を削いでいるのは分かっていた。それに排便の問題もあった。このころはほぼ便秘が続いていて、たまに排便がある時はとても苦しまされた。のちにそこが敵の本丸であることが分かるのだが、そのころはそんなことは預かり知らぬことだった。

思い返してみると、少し前から、ただ排便をするだけなのに腹痛を伴うようになっていた。病気はあの頃すでに始まっていたのかもしれない。


2020.04.09

診断の紆余曲折

また病気に関する備忘録を書いておこうと思う。

2019年10月の私は頻繁に起こる38度の発熱と解熱、足底腱膜炎とその影響による全身の痛み、腹部の不調による便秘または下痢に悩まされていた。前述の主治医に「発熱の記録をつけて総合内科を受診するといいですよ」と今度は有益なアドバイスをもらった。それが11月初旬である。

12月の主治医の診察の際に発熱の記録をつけていた旨を伝えたら「一ヶ月も記録しなくていいんですよ。一週間分くらいで十分です」と言われた。

思い返すと、あの頃の私は新スタートレックでいうところの「私がジャン=リュックだったらビバリーに指揮権剥奪されてる」状態だった。体の不調により判断力が落ちていたのである。3週間を棒に振ったのだから。

いずれにせよ私は総合内科で検査を受け、地元の総合病院への紹介状を書いてもらうこととなった。赤十字病院なので地元民は皆「日赤」と呼んでいる。以下、日赤と記述する。12月の中頃に日赤で診察してもらう運びとなり、検査の結果は年をまたぐことになった。検査の結果、別の科に回された。日赤への紹介状を書いてくれた総合内科の開業医の見立てが外れていたということになる。予約が取れる日にちが先になってしまい、次に日赤に外来で出向いたのは1月の後半になっていた。そこで即入院措置と相成った。謎の発熱の原因がみつかったのである。


2020.04.07

昨日のその後

アイキャッチ画像

その後特に体調が悪化したりはしなかったので、昨日のだるさは疲労だったのだろう。

病人だから何もしてなくても疲れる。今日も早く寝るつもりだ。

コロナ専門家会議ではジョギングや散歩は推奨していたので、今日は少しだけ歩いた。もうモッコウバラの季節なんだな。


2020.04.06

本日の病状

私は感染症のリスクが投薬治療で高くなっている上に病気中なので、COVID-19を警戒している。

具体的に言うと、家族と別れた部屋の中でだけ過ごし、外出をしないでいる。するとしたら通院か散歩だ。病院というのは今となっては一番行きたくない場所で、先日外来診療の予約日に行った際は相当なストレスを感じた。電車通勤のみなさんは、通勤のたびにもっと大きなストレスを感じていると思う。公共の交通機関を使わずに済ますことが出来る人はそうした方がいいと思う。

今日はいつもと違って体がだるい。風邪かもしれない。風邪ならばいいが、COVID-19かもしれない。それはまずい。発熱はしていないようだ。昨秋から今年の初めにかけてカジュアルに38度以上の熱を出していたのでなんとなく分かる。だが熱を測った方がいいだろう。体温計を借りなくては。この部屋には最低限必要なものしかない。退院してからずっと発熱のない状態でいたので、体温を測ることがなくなっていたのだ。入院していた時は借りた体温計を一つずっと使っていたくらいだったのだが。

家族が私と同じ部屋にいるときは、2mくらいの距離を取っている。いわゆるソーシャルディスタンスだ。それでも家族から何か感染されるかもしれない。可能性がないわけではない。やれるだけのことはしているので、そうなったらもう諦めるしかない。

熱がないのであれば、このだるさは単に疲労かもしれない。そんな気がしてきた。今日は早めに寝よう。


2020.04.03

足底腱膜炎

いつのまにか足のかかととアキレス腱がものすごく痛くて、これはただ事ではないと思い整形外科に行ったら「足底腱膜炎」と診断された。

当時周りの人に「死ぬほど痛い」と言っていた覚えがあるので、相当つらかったのだと思われる。喉元すぎれば暑さ忘れるというやつで、今はあまり実感がない。

足底腱膜炎というのは、かかととアキレス腱が痛むものなのだが、数日過ごすうちにその影響は身体中に広がった。歩くたびに痛むかかととアキレス腱への負担を減らすために、膝や肘、ふくらはぎや腕などが、普段使わないタイプの使い方をされてしまうのだ。つまり、周辺の部位に筋肉痛や炎症がどんどん広がっていった。そのため10月頃の私は「これが『満身創痍』というやつなんだろうな」という感じだった。膝、ふくらはぎなどの下半身はもちろんのこと、手首、腕、二の腕、肩、肘など、上半身もすごいことになっていた。毎日痛い部位が追加されていった。体全体を支えるというのはそれほど大変なことなのだ。その頃はまだ頻度がひくかったとはいえ発熱は始まっていたし、腸の不調もいつもどおりで(のちにいつもどおりではないことが分かるのだが)、せめてどれか一つだけでも治ってくれないかと思いながら生きていた。

発熱時には水分を補給しなくてはと気をつけていたのだが、ポカリスエットのペットボトルを飲むために体を起こすことすら苦痛だったのだ。色々な飲み方や入れ物を試して、最終的にはストローがついたペットボトルの蓋に落ち着いた。あれほんとに素晴らしいです。

↑こういうやつ。昔の人は吸い口とか吸い飲みとかいう食器を病人の水分摂取に使っていたらしい。

↑こういうやつ。今でも使われているが、手軽さで言えばペットボトルの蓋を取り替えるだけの方が勝る。

昨年秋から今年初頭にかけて、一生分のポカリスエットを飲んだ気分になっている。当分口にしたくないくらいだ。


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